2013年03月28日
ヒマラヤトレッキング、ネパールへの旅 その4
3月4日(月)
明日の早朝、長距離バスでポカラという街に移動する。
大きな湖のほとりにある有名な観光地で、標高わずか800mの亜熱帯気候。
ちなみにカトマンドゥは1330m、ポカラより少しだけ涼しい。
私達がトレッキングで向かう予定の(と言っても4000mちょいのベースキャンプだけど・・)
アンナプルナ(8091m)やマチャプチャレといった神々の山が、すぐ近くに望める街だ。
ポカラからの風景、誰かが撮った写真を使わせてもらってます。
さて、無事にあたらしい宿にチェックインした私たち。
荷物を部屋に降ろして、銀行に両替がてらカトマンズの街に出かける事にした。
ひっきりなしに鳴り響くクラクション、いろんな人間や動物や食べ物などが、ごった煮
になった繁華街に圧倒されながら歩く。
これがアジアな感じなんだろな。なんだか自分にしっくりなじむ。
街中は排ガスと土煙りだらけ、マスクを装着している地元民もちらほら。
ネパール滞在中、ゆずりあい精神は一度も見なかった。とりあえず突っこんでクラクション!
カトマンズの犬は、たいがい昼間からこんな感じでヤル気ゼロ、露天のブラジャー屋?
看板もメニューもない、完全地元仕様の店で軽く昼飯。愛想メチャ悪し(-_-;)アウェー感バリバリ!
「ウォー」ネパール風お好み焼き、約100円。たぶん30円くらいかな、油が悪いのか変にもたれた。
いったんゲストハウスに戻り、汗と土ぼこりをシャワーで流して軽く横になる。
喧噪のなかを歩くだけでパワーがいる、昼間の陽射しはけっこう強力だ。
フロントに降りると、息子とスタッフのスーザンが、互いに日本語と英語を教えあっている。
私といる時はほとんど笑わない息子の楽しそうな顔を見て、よかったなと思う。少しさびしいが・・
スーザンは地方から上京してきた大学生で、ゲストハウスに住み込みで働いているらしい。
このやたら陽気で愛嬌のある好青年には、この後もいろいろとお世話になった。
晩めしを食べに、ふたたび夜のタメルに繰り出す。
湿度が低いからか、日が暮れるとかなり涼しい。
日本人経営の有名なカレー店、滞在中いろんな日本料理屋に行ったがスタッフに日本人が居た
事は一度もなかった。一番人気だというカツカレー、今まで食べたカレーで一番がっかりした。
世界中の登山家やトレッカーたちが集うという、ダイニングバーで飲んだ。ツボルグというデンマーク
のビールで乾杯!息子にシェリー酒をオススメした。つまみに出されたポップコーンをノンストップ
で慌しく食べた後、指を舐めていた。ここは何も注意しないでおいたが、言っとくべきだったかな。
やはりバーでゆっくり飲むには少し早かったみたいだ。まだ18やもんね
次回は、ヒマラヤに目指してポカラへ!
2013年03月26日
ヒマラヤトレッキング、ネパールへの旅 その3
3月4日(月)
6:00頃起床
ベランダに出て、通りを眺めるとホームレスぽい人達が
焚き火を囲んで、歯磨きしていた。異国感あふれる風景、
朝はけっこう冷える。
朝食を食べに街に出ようと、フロントに降り、昨夜のアニキとあいさつをかわす。
チヤという砂糖入りのミルクティーをごちそうになり、
カメラを片手にゲストハウスの玄関に出た。
「カトマンズ、マドゥバン、ゲストハウス」という名の宿だった、あれ?
到着日とその翌日の二泊を、ネットで予約していた。
「シェリーチベット ゲストハウス」という名前だったはず?ホワイ?
拙い英語力で、フロントのアニキに説明しようとしたが通じない。
とりあえず日本語ができるオーナーの出勤を待つことになった。
「はぁ~今日もなんか色々ありそやね・・・」と息子につぶやく。
その後、私たちは急いで荷物をまとめチェックアウトして
地図を片手に、朝の繁華街に出発した。
この事態のてん末を、簡単に説明すると、
マドゥバンゲストハウスは、私が最初に予約サイトで予約した宿だった。
後日、そのサイトで「マドゥバン」をキャンセルして「シェリーチベット」を予約したのだが、
「マドゥバン」側は、サイトの方からキャンセルの連絡がなかったと言う。
「ワタシ、シェリーチベットのオーナーと知り合いネ」、と電話する「マドゥバン」オーナー
ネパール語で親しそうに話している、でかい声で結構長電話した後に、
「向こうのオーナーに話しました。アナタ、今日もここに泊まっても問題ないよ」
「でももし、あちらの宿に行くならそれもOKだと思います」との事。
この場でこれ以上、細かい説明をしても仕方がないと判断して
その場で支払いを済まし、宿を出た。朝めし食って「シェリーチベット」に行こう。
「パンケーキと珈琲が美味い」とガイドブックに載っていた「ちくさ茶房」にて朝食、ネパール初日に
緊張ぎみで食べてたなと、後日にまた来た時に懐かしかった。
あらかじめ地図に印を付けていた、シェリーチベットの位置を確認しながら、
タメル地区という、世界中からの旅行者とあらゆる店がカオスになった繁華街を歩く。
狭い道で、クラクションを鳴らしまくるタクシーやバイク、カタコト日本語の客引き、
排ガスと土けむり。多くの大人の男たちが、ヒマそうに店先に座っている。
かれらの遠慮のない視線に少し気後れしてしまう・・・(-_-;)
地図上ではあるはずの場所に「シェリーチベット」が見当たらないぞ、
二人で辺りをウロウロしていると、スーツを着たおじさんが英語で話しかけてきた。
朝から短い時間の間に、すでに色んな胡散臭い連中に声をかけられていた私たち。
「何処に行こうとしていますか?」と落ち着いた感じで言ってくれている、おじさんにも
警戒してしまう。ダメもとで「シェリーチベット~」はどこなんでしょうかねと聞いてみると、
「オー!そこのオーナーはマイフレンドだ!ついて来なさい!」みたいな事をで言って
ずんずん先を歩き始める。
「なんかアヤシない?」と息子、「やっぱり怪しいかな?」と私。
「そこの角をこっそり曲がって逃げよう」という息子の提案に乗り、おじさんを撒こうと
したが、気づいたおじさんが追いかけて来て「オーナーに電話したから、出てみろ」
とケイタイを渡された。日本語を話すオーナーに確認をとり、おじさんに案内してもらった。
「後でお金を請求されるんやろなぁ、いくらくらい渡そうかな?」と考えてた私の予想に反し、
案内してくれたおじさんはホテルのフロントからスタスタと出ていってしまった。
あわてて彼を追いかけ、お礼のチップを渡す。異国とはいえ、あまり人を疑いすぎる自分も
イケてないなぁと恥ずかしかった。気負いすぎな自分を少し反省。
「シェリーチベット」のスタッフはいい感じの人達で、日本語を勉強中だという21歳のスーザンという
陽気な男子が部屋を案内してくれた。
どうやら昨夜空港に迎えに来てくれていたらしいので、事の次第を説明する。
予約サイトは、クレジットカード決済だったので、やはり昨日はそれぞれの宿泊代を払った
事になってしまった。まぁ1500円くらいの損だけど・・・。
シェリーチベットのオーナーに「マドゥバン」から電話があったでしょう?と言うと
そんな人は知らないとの事、あのオーナーは誰としゃべってたんだ(笑)
旅の最終日の朝食を、再び「ちくさ茶房」にて。初日と比べると、息子がたくましくなってるような?
こんなペースで旅日記を書いていると、いつまでも終わらない気がしてきました。
読んでくださってる皆さんにも、退屈されそうでヤバイですね。
次回からはサクサクと時間を進めて行きます。
よかったらまた読んでみてください、ではまた次回に!
2013年03月23日
ヒマラヤトレッキング、ネパールへの旅 その2
3月3日(日)
その影響なのか、空港を出ると街中はいきなり暗闇となった。
予約している一泊700円のゲストハウスのお迎えの連中の、
サビだらけでボロボロのトヨタに乗っけられた、緊張ぎみの私と息子。
混乱する空港の出口で、「Takeshi Miki」と書いた紙を持った彼らを見つけた時には、
ホッとしたものだったが・・・。
乱暴な運転の無口な若者と、助手席の片言の日本語を話すもうひとりの若者。
へんなガタガタの狭い抜け道に入って行き、通行止めの看板を見て引き返したり、
やたらキョロキョロと焦った運転で、微妙に怪しいムードなのである。
「なんかちょっとヤバイかもな・・・油断せんとこ」と隣の息子にささやく。
もしもクルマから降ろされたり、逃げたりしなきゃならない状況になった時の為に、
ヘッドライトの灯りに映る街の景色を少しでも覚えておこうと、前方を凝視していると
暗闇のなかに警官らしき集団が見えた。
検問だろか?笛を吹いてクルマを止めている。
しかしオンボロトヨタはスピードを落とさず、「クソッ!」みたいなネパール語を吐くと
いきなり検問を突っ切って行く!警察の笛が響き渡り、皆が一斉に動き始めた。
「おいおいっ!」と焦る私たち、「ノープロブレム!ダイジョーブ!」と助手席の男。
悪いが、この状況で説得力ゼロやろ・・・。
結局、土のガタガタ道でろくにスピードも出せず、
すぐに前方の複数の警官に囲まれ止められた。
「免許書!」みたいな事を言われて、ポケットや車内をがさごそしてる運転手。
「ないんやろな、どうせ・・」。
警官たちは、私たちにも懐中電灯を照らして念入りにチェックをしている。
「ソーリー、ノープロブレム!ノープロブレム!」 そう言い残して車外に連れ出される二人、
悪い人間じゃなさそうなんだけどなぁ・・・。
車内でずっと、外の揉めている様子を眺めていると
なんやらこの状況が面白くなってきて、
「さっそくネパールの洗礼を浴びたなぁ」と息子につぶやいた。
ボンネットの上で書類にサインをさせられている運転手、無免許?不携帯?なんやったんやろ。
その後、我々のクルマは再び暗闇の街を走り、
タメルという街いちばんの観光街にあるゲストハウスに到着した。
なんか気の毒な気がしたんで、ドライバーの無口な彼にチップを1ドル渡すと
「ユーアー ベリー ラッキー!」 と連れに肩をたたかれていた。
そんなんで、さっきの出来事と釣り合いがとれるんか?(笑)
停電中の為、薄暗い照明の部屋にザックをおろし、
「はぁ~着いた~」と、やっと一息つけた。
とりあえず、カトマンズに到着。
ちょろちょろと温いお湯しか出ない、シャワーと格闘し、
ベッドにもぐりこむ。
目の荒いシーツは、かすかに香辛料の匂いがした。
泊まったここが、実は予約していたゲストハウスじゃない事が明朝に発覚する。続きはまた・・・
2013年03月22日
ヒマラヤトレッキング、ネパールへの旅 その1
3月3日(日)
JR和歌山駅東口からバスで関空へ向かう。
旅慣れぬ私には、関空で飛行機に乗るまでの手続きにも不安がある。
旅のパートナーである18歳の息子には、ワクワク感や楽しそうな気配は
全くなさそうだ。
だがそれも無理もない事なのである。
今回の旅は私が一方的に決めてしまった。
息子が山岳部に入った三年前くらいから、いつか一緒に海外の山を歩いて
みたいと思い続けていた。個人的にもヒマラヤに憧れがあった。
音楽好きの彼はネパールやヒマラヤなどではなく、ロンドンに行きたかったらしい。
空港の本屋で「ファミ通」というゲーム雑誌を買い、飛行機に乗り込む寸前まで
友達とメールや電話のやりとりをしていた。
中国南方航空で関空から中国の広州まで飛び、そこからネパールの首都カトマンズへ。
愛想のないCAが、英語で飲み物や食べ物のチョイスを問いかけてくるのに
緊張しながら答える 「チ、チキン プリーズ!」 息子も同じくたどたどしい(笑)
大丈夫か、俺らのコンビは。
広州空港にて。売店で息子が買ったキットカットみたいなチョコが2つで900円!なんやそれ!
日本で買ったら一個80円くらいのサイズやのに・・・(-_-;)
広州空港で、カトマンズに向かう飛行機に乗り込む。
三列の座席で、息子は通路側、私は真ん中、窓際の席に誰も来ない。
広くてラッキーと思ってると、最後の最後に乗客が現れた・・・。
背が高い豊満な白人女性、一瞬よろこんでしまう自分。
しかし彼女は、私ら二人を見てあからさまに嫌そうな顔をした。
昔フランスに行った時に、いやと言うほど見せられたあの表情だ。
おそらくレイシストな彼女は座席に着くと、おもむろに服を脱ぎタンクトップになった。
情けないことにまた一瞬喜んでしまう自分・・・
しかし直後に、彼女の体臭がおしよせてきた!間違いなくこいつはワッキーだ。
おまけにすぐに上を向いて口を開けてイビキをかいて寝始めた、なんてツワモノなんだ。
なぜか微妙な敗北感を感じてしまった。
食事のあと、彼女の食べた皿を、CAに橋渡ししてあげても礼もないどころか
いっさい目をあわそうともしない。ここまでくればある種立派だな、徹底している。
ネパール料理風の機内食、見た目は悪いが・・・やはり食べてもイマイチだった。
現地時間の夜11:00頃、カトマンズの空港に到着。
どこの国でもやたら偉そうな役人だらけの入国審査、ビザの申請を緊張しながら
クリアして、預けていたザックも無事ターンテーブルに運ばれてきた。
よっしゃ!とうとうネパールやな!と気合いが入る。
空港の出口には、強引なホテルの客引きやぼったくりタクシーの連中であふれてる。
なんか照明が薄暗いので、よけいに彼らが不気味に見える。眼ヂカラがこわい。
突入の前に、ちょっとトイレでクールダウンと・・・なんやこの荒廃した不良高校みたいなトイレは!
これで国際空港のトイレなんやもんなと、あらためて遠い異国に来たという気がした。
トイレの外で息子を待ってると、前から隣に座ってた白人女性が歩いてくる。
不覚にも思わずニコッと笑いかけてしまったのだが、彼女は私がそこに存在しないかの様に
フル無視して通り過ぎて行った。ぽつねんと立ち尽くす私・・・。
フッフッフッ、OK!OK! 私もクールにいこうじゃないか。
なんだかハートがタフになりそうな旅になりそうだ。
2013年03月21日
ヒマラヤトレッキング、ネパールへの旅
3月17日の昼過ぎに関空に着いた。
想像していたより、日本はかなり暖かい
街中では、早くもちらほらと桜が咲き始めていた。
駅裏に迎えにきてくれた妻のクルマに乗り、昼下がりの和歌山市内を眺める。
「しかしえらくシーンとしてるなぁ!」 僕の言葉に妻と娘たちは「?」って感じだった、
そりゃそうか。
街中の静けさと、家内のクルマの高級車のような乗り心地を味わいながら、
昨日までのネパールの喧騒を思い、少しさびしいような、残念なような?
退屈な気持ちになる。
自分でもよくわからない感情だった。
今日で帰ってきて5日が経って、ようやく旅以前のサイクルに戻ってきた感じだ。
温かい家族や粋で素敵なお客さんたちとの、穏やかで楽しい日常が帰ってきた。
あらためて、普段の生活の豊かさに感謝する。
旅の途中で43歳になったオヤジと、高校を卒業して4月から家を出て働く息子。
3月3日から2週間、旅慣れず英会話もヤバイ親子の
ヒマラヤトレッキング&ネパール観光旅行。
自分自身もこの旅を振り返りながら、ちょくちょくと書いていきます。